結果に表れる、徹底力の差 ーCI活動
業界トップクラスの企業に訪問した。
誤解を恐れず言えば、
「黙っていても(お客が)集まる状態にはなった」
ステイタスに既に位置する企業である。
小一時間ほどの滞在で、その秘訣がわかった。
徹底力である。
まず、通り過ぎる従業員さんが、挨拶を欠かさない。
一人たりとも漏れなく、である。
しかしながらその挨拶のスタイルは様々だ。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ~」
「(場の空気を読んで)…会釈のみ」
故、逆に自然体の様として伝わってくる。
服装にも清潔感が漂う。
季節外れの重たい色を配したものは見当たらない。
しかしながら、こちらもスタイルは様々だ。
ジャケパン、丸首、ウォッシュト…
ご挨拶程度だったが、代表取締役社長の登場でも「答え合わせ」ができた。
シニアのトップ自ら、クールビズを着こなされていた。
聞くところによると、これらインナーブランディングからはじまるCI活動は、
ご子息にあたる取締役副社長の陣頭指揮でなされているようだ。
推測だが、恐らくはこの副社長自らが、父親でありトップの社長様にクールビズの徹底を依頼したのではないだろうか。
繰り返しになるが、徹底されている。
CI(コーポレイトアイデンティティー)は、
CI「活動」と言われるように、
導入してからのインナーブランディングの徹底によって、結果に差が表れる。
私が気付いた範囲だけにおいても、この企業さんの場合は少なくとも、
BI(ビヘィビアアイデンティティー)
VI(ヴィジュアルアイデンティティー)
この2つにおいては、浸透の徹底さが感じ取れた。
この業界は、事業構造とマーケット構造の2つの観点において、
ニッチマーケティング
ポジショニング
が極めて重要。
言わば、最初に「とったもん勝ち」なのである。
この観点については、別の機会に改めて解説を。
「神は細部に宿る」
なのである。
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株式会社MUSBUプラットフォーム
母が、現れた!
…なわけ、ないんですけどね。
先にオチを言ってしまうと。
母は、6年前に他界しています。
5月に胃がんがステージ4で見つかり、4か月後の9月に逝ってしまいました。
なので、「なわけない」のですが、
そっくりだったのですよ。
cafeにソフトクリームを召し上がりに来店された方が。
近くの施設に入所されているそうです。
近所の郵便局まで用を足しに歩いて出かけられ、その帰りにお寄り頂いたそう。
常日頃健康のため、施設内では自室の7階からロビーまでの移動を階段の昇り降りされるそうで、1日3,000歩が「ノルマ」だそうです。
今日は郵便局までの往復で、既に2,800歩までクリアできているそうです(笑)。
ソフトクリームのオーダーを頂きましたので、
「ミルク味でよろしいですか?」とお尋ねしたところ、
-ほかに何か違うのあるの?、と。
「生チョコがあります」とお伝えすると、
-じゃあ、チョコにするわ。
-チョコは老人には良いのよ
「へぇ~、カカオが血流とかに良いんですかね?」
-かも知れない。テレビで見た事あって…
などと会話しながらチョコのソフトをご提供。
-お値段は一緒なの?
先の会話の直前、申し伝えようとは頭を過ったのですが、会話の方の「流れ」を尊重し、そのままチョコ味を巻いていました。
「…30円違います」
-駄目よ、先に言わなきゃ!(苦笑)
-商売なんだからさ!
背格好も年の頃もそうなのですが、決め手はこの会話でした。
「似ている!」と確信したのは。
ハッキリと物をいう性格だったのです。
私の母親も。
もう、胸がキュンです(死後?…苦笑)
もう一度言います。
お伝えしなければ、とは思っていたのです価格の違いを。
ですが会話の流れの方を、良かれと思って尊重し、巻いてしまったのです。
しかしそこですかさず「ダメよ」と指摘して下さるこのストレートさ。
もう「胸キュン」です(笑)。
そこからは止まりません。
お子様は男の子2人に恵まれ、次男坊さんは私と同い年!
高校は函館ラサールだったそう。(優秀!)
長男坊さんはラサールと函館中部の両方に合格したのですが、大好きな吹奏楽を考えたときに迷わず中部を選んだそうです。
旦那さんは歳75の時に先立たれたそうです。
歌は演歌はイマイチで、ここ最近は林部智史と半崎美子ばかり聴くのだとか。(知らなかった!このお二人とも)
歌詞が良い歌じゃないと、心に響かないからあまり好きになれないんですって。
好きな歌を歌う事は、声の張りと肺の動きを維持するため「大事なのよ♡」、と。
「ごもっとも」
etc.、エトセトラ、えとせとら…
ーあら、いま何時?
ーあなたもお仕事あるの?
ー帰るわ
そ、そ、そっくり!
こころ洗われるひと時でした。
開店後早々の時間帯。
仕事も当然ありましたが、たっぷり1時間、お話しさせて頂きました。
お相手が何をお求めになっていらっしゃるか。
お話相手を欲していらっしゃったのだと感じました。
私も、そんな気分でした。
タイミングが合ったのです。
口先から出てくるセリフと、意図している事が、必ずしも一致するとは限りません。
むしろ、想いや意図が、全く異なるところにあったりする場合の方が多いのかも知れません。
ビジネスや事情などが絡むと、ましてやそうです。
ですがその意図や真意など本音には、相手の立場に立ち切ってみないと「辿りつけ」ません。
想像しないと、「辿りつけ」ません。
慮らないと、「辿りつけ」ません。
今すぐ返したい答えがあったとしても、
耳から口の最短距離を選択する前にグッと堪え、
耳で聞いたセリフを脳を通過させ、腹まで落として丹田のあたりまでグルっと敢えて遠回りさせ、思慮することが必要だったりもします。
時には敢えて時間を置き、熟慮に熟慮を重ねることが必要だったりもします。
年齢やキャリアに差のある相手と対峙するときは、ましてや、です。
日常の忙しさなど事情が絡むと、「正直めんどくさい」ことがほとんどでしょう。
ですが、そうやって考え抜いて選んだ行動の先にこそ、
本当の信頼関係が生まれてきます。
常にそう考え大事にし、
しかしながら業務など事情や合理性・効率性とのバランスを考慮しながら生きているつもりの自分ですが、
今日は「そっち」を選択してみました。
そうか、こんどの9月は、亡くなった母の7回忌だ。
お帰りになったお婆様の背中を見送ろうと店を出てみたが、
どの方向を探してもその姿は確認できなかった。
今の自分に何か伝えたくて、フラッと現れたのだろうか…
あの世から母が…
まさか…な(笑)。
変化できない「人罪」と変化を採りに行く「人財」
「融通の利かない設計士がいてねぇ…」
先日訪問した取引先(工務店)において、現場責任者さんがおっしゃった課題感。
何でも、
・営業現場の声を聞き入れない
・見込客のニーズを取り入れようとしない
のだそうだ。
さらに、「働き方改革」のもと有給休暇をGW期間中に5連休で取得するらしく、その結果GW期間に商談する見込み客へのプラン出しが通常のスケジュールより1週間以上遅くなるとのこと。
住宅業界といえば、GWなどの大型連休や週末土日は書き入れ時。
ほかの建築会社と競争しながらお客様から成約を獲得しようとするならば、お客様のニーズ(ウォンツ)や声を反映した(超越した)プランを競合他社に先駆けて提案することで、自社に対するマインドシェアをアップしようとするのが常套手段。
もちろん、それをマネジメントしきれていない会社側にも課題はある。
私も思わず、
「失注調査でも行ってお客様の生の声を聞かせてみてはいかがですか?」
「(設計士)本人にしてみれば、お客様の声ではなく営業担当者個人の要望と聞こえている可能性があります」
と、一つの解決手段をお話ししたりもした。
「(いつも)言ってるんだけどねぇ…」
「どこかに気の利く(先回りできる)設計士がいたら採用したいよ!」
と、ご責任者様の結論。
つまるところこの設計士さん、変わろうとしないタイプなのだ。
恐らく。
何事も、長所と短所、強みと弱みは表裏一体。
こういうタイプは、
・専門特化した仕事を深掘りする
・同じ業務に長時間従事することを苦にしない
・一人で黙々と取り組める
といった強みを見せる反面、
・フットワークが悪く変化を受け入れがたい
・(常に)変わらない自分を、価値として他者に受け入れてもらいたい
・保守的で他者の意見を跳ね返す傾向が強い
などといった、もったいない側面を露見する。
このケースの問題は、その設計士が、
外の声に耳を貸そうとしないスタンスだ。
もっと言うなら、外部環境の変化を認識していない(キャッチアップできていない)視野の狭さである。
既存の価値観で成り立っている環境に身を置くと、
いや、
その環境に身を置く事に居心地の良さを感じてしまうと、
気付かぬうちにあっという間に、保守的で意固地になってしまう危険性をはらむ。
一方、
そんな事を考えていたある日のある打合せで、同じ業界の別のヒトから驚くコメントを耳にした。
「わたし、もともとは建築というものに興味がなかったのですよね(笑)」
独立して自分の腕一本で食べていっている一級建築士さんで、
北海道から某賞を受賞した経歴の持ち主である。
北海道で学力TOPの総合大学を出た方なのだが、よくある話なのだが、
お勉強がある程度できて理数系が得意だったため、理系学部のあるその大学を進学先として考えた際、(何となく)建築学科を選んだそうなのだ。
入学当初は、周りの同級生の知識に圧倒され、
「おっと…これは、間違ったところに来てしまったかも…汗」
とも思ったようだ。
しかしその後、
「とにかく世界中の歴史的建造物を見て回るといい」
との研究室の教授からの教えを柔軟に聴き入れ、アルバイトでお金を稼いでは世界各国への見分旅行に出かけまくったそうだ。
実際、スペインをはじめ各国の歴史的建造物に触れていくうち徐々に建築の世界にはまり込み、結局は建築家への道を歩むこととなる。
ハウスメーカーでキャリアと実績を積み上げ、
その後独立して一級建築士事務所を立ち上げる。
独立後、手始めの仕事として建てられたモデルハウスは、
その独創性が評価されて北海道からの表彰を得ることに至る。
こちらの、(ある意味)成功したケースのポイントは、
「もともとは興味がなかった」という、いわば既存業界の常識を持ち得なかったポテンシャルの持ち主が、しかしながら、
・他者の意見を柔軟に受け入れ
・フットワーク良く世界中を見て回る
ことにより、
その既存業界に新たな価値をもたらしたことにある。
ふと打合せのシーンに視点を戻すと、
その一級建築士さんの手元には、昨今の建築にまつわる書物が多数携えられていた。
どうやら常に勉強し、自身をアップグレード(アップデート)させているようである。
ご実績とはかけ離れた愛嬌満点の笑顔と共に放たれる
「こういう変わった建築、面白いでしょう⤴(笑)」
のコメントからは、
変化し続ける(アップデートされる)自身が評価されることを望んでいるようにも感じられる。
高校生くらいだったろうか、英語の授業で習った慣用句を思い出した。
‟A rolling stone has no moss.”
「転石苔むさず」
なのである。
あ、我々が習ってきたのはアメリカンイングリッシュね。
つまり、ポジティブ解釈の方よ。
この場合の「シメ」は(笑)
いよいよ、終わりが来ますね
もう、ここ最近はどこでも語られている「平成」の話。
遅ればせながら、「参戦」です。
いよいよあと1週間と1日。
来週の水曜日からは「令和」だ。
私が運営している「むすぶ」も、この時代の切り替わりとともに、ちょっと変わります。
Officeの2階スペースの改修に着手します。
改修というハード部分は勿論、
改修後に実施していく予定のソフト部分も、
それぞれちょっとしたプロジェクトなのです。
様々な人々との「和」が広がっていくはずです。
ヒトとヒトとをむすぶ「プラットフォーム」に変わっていきます。
「むすぶ」「プラットフォーム」
MUSBUプラットフォーム
ビジョンを描いて名付けた社名です。
令和時代の到来とともに、原点に帰ります。
令和元年が、「むすぶ」の記念の年になりますように。
ホスピタリティ溢れる行動力
定休日前の火曜夜閉店後は、ソフトクリームフリーザーを分解洗浄する日と決まっている。
いつもはアルバイトのハルちゃんに手伝ってもらいながら実行するのだが、昨晩は会合が入り、閉店業務までを彼女に頼んでいた。
マシン洗浄の方は、会合終了後に私が戻って独りで行う段取りだった。
決して早くはない時刻に店に戻ってみてビックリ!
分解、洗浄に入るその手前の作業までを、
済ませてくれていたのだ。
頼んでもいないのに、無言で‥💧
下手したら、惚れてまうやろぉ!(古?)
挨拶は大事、やっぱり
冬の間に除雪車によって積み上げられた雪の山。
店舗前の雪山を1日も早く溶かすため、「雪割り」に外に出た今日の午後。
お隣さんに出くわした。
ここいら町内会の地主さんのお一人でもあるお隣さん。
快晴の空も手伝って、
「こんにちは!」
と反射的に明るくご挨拶。
いみじくもこのお隣さんも、同じタイミングで「雪割り」に精を出していたのだ。
いや、このお隣さんの場合、その手法は「雪割り」とはちょっとニュアンスが違うな。
どちらかというと、垂直に前進しながら「掘り進める」という感じだ。
その結果その場所に出来上がる光景は、さながら
雪山の「モーゼの十戒」。
その労力満点の雪掻き方法に感心をしながら思わず、
「凄いですね。いつもこうやって(前に切り開くように)やっていらっしゃるのですか?」
と話しかけた私に対する、お隣さんの返答に意表を突かれた。
「こうやってもうすぐこの場所が開けたら、またここに車を駐車しなさい」
「!」
このお隣さん、私の店舗用の駐車場所を確保するために、
コツコツと「モーゼの十戒」を拓いていらっしゃったのだ!
意表を突かれたというより、ちょっと感動を覚えた。
実はこのお隣さん、昨年末に積雪量が増えていったときはむしろ、同じ場所に雪山を積み上げていっていたのだ。
もともとその場所は、うちのお店の同居人が営業車を置いていた場所だったので、
ある朝の出社時にガッツリと雪山が完成され、営業車の置き場所を失われたこの同居人は唖然茫然。
たまたま路上でこの同居人とお隣さんが出くわした際にも、
「なぜここに雪山をつくっちゃうんですか!?」
「ここは昔から雪山を置く場所なんだ!」
と一触即発のシーンもあった。
北海道あるあるの除雪近隣トラブルの類である。
事を大きくややこしくするのも何なので、その際は「後からこの場所にやってきた」我々が身を引いたものの、正直、多少ならずとも「しこり」が残ったのは事実。
今まではそうだったのかも知れないが、わざわざ積み上げなくてもねぇ…
単純に気分が悪いよねぇ…
なにもわざわざいさかいのネタをつくらなくてもねぇ…
こんなこともあったため、我々の中ではこのお隣さん、
「昔からいる、気難しい自分勝手な人」
みたいなブランディングが出来上がってしまっていた。
それゆえ逆に、今日のこの「こんにちは」の後のコメントには、
ある種の感動を覚えたのである。
(当たり前だけど)そんなに悪い人はいない。
そして反射的だったかもしれないが、やっぱり元気よく「こんにちは!」の挨拶が効いたのも間違いないはずだ。
それも年下の者から
明るく、
笑顔で、
大きな声で、
挨拶されたお隣さんだって、悪い気はしなかったはずだ。
もしかしたら、昨年末の自分の行動を少しは恥じていらっしゃるのかも知れない。
何はともあれ、すがすがしい気持ちを覚えたとともに、
当たり前の行動の大切さに改めて気付かされた、
そんな昼下がりだった。